多様化→フラット、ではなく階層が増えただけだった――白河桃子『格付けしあう女たち』
- 作者: 白河桃子
- 出版社/メーカー: ポプラ社
- 発売日: 2013/11/06
- メディア: 新書
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私の母親が現役バリバリのワーキングマザーであった時代(いや今も働いていて母親であるという点では何も違わないのだが)、女性は独身か既婚者でまず分類され、既婚女性における階層は「専業主婦」「兼業主婦」の二つしかなかったのだと思う。そこでは「専業主婦」が圧倒的なマジョリティかつ上位層であり、「兼業主婦」は「主婦に専念したいけれども、経済的な事情によって働いて主婦と仕事を兼業せざるをえない」というネガティブな意味合いを持っていたのだと想像する。終身雇用が保障されサラリーマンが自分たちの未来を疑う必要のなかった遠い遠い昔のお話です。
それが今やどうか。女性は女性である以前に「女子」となり、専業主婦はリスクの多いマイノリティとなった。オフィスの中での女性はかつての「女の子」一種類ではなく、正社員か派遣社員か、独身か既婚か、子持ちか子無しか、子供がいれば一人か二人以上か、親が近くにいてバリバリ残業する人か時短でゆるく働くひとか、等々さまざまなパラメータによって微妙なポジションを探り合っている。
もうこれだけ多様化したなら「誰が一番上か」なんて考えなくても、みんな違ってみんなそれぞれ良しでいいじゃない!ってことになりそうでならないのが、「女子カースト」というものなのだそうです。白河桃子氏いわく、「女子カースト」が生まれる場の条件は、
1. ヒマがある集団
2. 狭くてぬるい均質な集団
3. 逃れられない集団(会社、ママ友など)
なのだそう。私個人の感触ではやっぱり1.ヒマかどうか、っていうのが一番大きな要因かな。保育園ママはみんな忙しくてマウンティングしてるようなヒマはないけど、幼稚園ママ間のそれはすごいらしいとか。
それにしても、わたしたち女性がお互いを格付けしあってどちらが上かを競うような無駄な時間を使うことなく、手をとりあって明るい未来を築くにはどうしたらよいのでしょう?一番簡単な答えはおそらく「共通の敵を作る」ですね。古今東西の歴史が証明しているもっとも確実な方法。
ということで、女性はやっぱり闘わなくちゃいけないのかもしれない。その対象は政府でも男性でも歴史でもイデオロギーでも構わないと思うのだけど、かつてのフェミニストの運動のように、こぶしをふりあげて「女性差別撤廃」をもぎとるのではなく、明るくほがらかにきゃぴきゃぴした「女子」のまま、いつのまにか集団を先導していくような、そんな方法だといいな、楽しそうだなと思うのですが。そんな時代ももしかしたら目前かもしれません。