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夢に落ちる寸前の不条理――筒井康隆『ヨッパ谷への降下』

ヨッパ谷への降下―自選ファンタジー傑作集 (新潮文庫)
筒井 康隆
新潮社
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日常の中にふと妄想が入り込む瞬間がある。
たとえば夜、カーテンの隙間から漏れてくる家の前の街灯の光が絨毯に当たって一筋の光の道を作り出しているのを見ていると、光に照らされて浮き上がった埃から小さな得体の知れない生き物が生まれ出てくるような妄想にとらわれたりする。また昼間コンクリートアスファルトで固められた住宅街の一角にぽつんと取り残されたようにある、林というには小さい茂みの脇に生えている青々とした雑草を見ると、その隙間から地下の見知らぬ不思議な世界に繋がっているような感覚に捕らわれたりする。
それは眠りに落ちる寸前の論理と不条理の入り混じる瞬間に似ている。

筒井康隆の『ヨッパ谷への降下』はそんな日常のすきまから発生した妄想小説であり、夢に落ちる寸前の不条理が条理となる瞬間を切り取ったような小説群だと思う。

もともと筒井はあんまり得意じゃない、というのは紳士的な星新一と違ってやたらと下品な描写が多いし生々しくて少なくとも食事時にはむかない、それに一人称が「私」でも「僕」でも決してなく「俺」もしくは「おれ」なのが居心地が悪いと思っていた。
この自選ファンタジー傑作集もその例にもれないのだけど、わりと抑え目。筒井の描く生々しさは妄想の一形態なのだということが分かって腑に落ちた気分になった。

しかしこれは「ファンタジー」ではないと思う。ファンタジーは現実とは異なる世界に現実を構築するものだと思うが、現実の中に現実ではないものを紛れ込ませる小説は「幻想小説」というのが正しいのではないだろうか。いまの日本の文学界じゃ貴重。私は大好きだけどね。