Beyond the Cloud

クラウド、IT、女性をめぐる本と思考の旅

10年後のワタリウム

大学生のころ、私はあるアーティストに夢中だった。
今みたいに全国区で有名になっちゃう前で、本人と顔見知りの人が何人も私の知り合いにいて、小さなハコでライブして終演後そのまま会場にいることも多かった。
ライブに通い、毎日鬼のような勢いで更新される日記(まだブログじゃないところがポイント)をかじりついて読み、たまに意を決してメールを送ったりした。大人に交じって大学生の女の子ってとこで認知されたおかげか、ライブに行くと声をかけてくれたり、メールに返事をくれたり、しまいには日記に私自身が登場しちゃったりして。

その人が私に個人的におススメしてくれたのが、バックミンスター・フラーだった。「宇宙船地球号」で有名な。ちょうどその当時ワタリウムで展覧会をやっていて、私は当時付き合っていた彼氏と一緒に見に行ったのだった。未来の建築物にドキドキし、幾何学の構造物のレプリカに胸が躍った。フラーの記憶と一緒に、青山の奥まったところに隠れ家のように立つワタリウムのモダンな建物がとてもかっこよくて、それが私の記憶に残っている。

約10年ぶりにワタリウムに行くためにおりた外苑前の駅は、完全に異邦人として訪れた10年前にくらべてだいぶ親しみ深くなっていた。5年前にあげた結婚式の会場も外苑前だったし、それ以外でも何度か来て街を歩いたことがある。表参道よりも大人で、商業の匂いがあまりしない、静謐でラグジュアリーな街。青山通りを歩き外苑西通りで曲がってしばらく歩くと、ああこんなところにあったのか、と拍子抜けしてしまった。直線が印象的な建物がすぐ目に入った。なんであのころは隠れ家っぽいと思ったんだろう。こんな分かりやすいところにあるじゃないか。

展示会は人もまばらでほとんど独占状態。おかげで周りを気にせずゆっくり見られました。が、写真の点数が意外に少なく、あれ、こんなに狭かったっけ、と思うほど。ウィトキンの写真にけっこう期待して来たのだけど、2点くらいしかなかった。残念。
というか過去にやった展示会のリバイバル?だったのですね。
そして多木浩二が昨年なくなっていたことを私はここで初めて知った。

多木浩二の、2012年の今読むにしてはなんだか気恥ずかしくなっちゃうような、って言ったら失礼だけど、歴史が看過してきたものについての繊細な文章を読みながら、私はなんだか村上春樹が好きな建築科の大学生が才気走って書いた文章を読んでるような気分になってしまった。
いや、大好きなんだけど、こういうの。
こういう、体制やメジャーが取りこぼしていくマイナーやささいなものへの視点、という構造化って分かりやすいし、共感しやすいし、大好きだ。2012年に同じ構造が成立するかどうか、についての若干の疑問はあるけど。

4Fだけ他とちょっと趣が異なり、鈴木理策の個展みたいな感じ。真中に雪の映像が流れるモニタがあり、焦点が合ってはぼやけていく雪の結晶をしばしの間見とれてしまった。きれいだったなあ。
ほかの雪の写真もきれいで、なんだか浮世絵っぽい。不思議。

残暑厳しい8月末に、ひんやりした気分になり、帰りに地下のON SUNDAY'S CAFEでまったり遅めランチして、学生時代の思い出に浸りつつまた外苑前から電車に乗って帰りましたとよ。ちなみにランチしてたら白衣来た女性(女医さんぽい)が来て一服だけして去っていった。謎。

自分のことと文化のことを意識の俎上に常に上げておくことが許されたあのころと違って、自分以外のためにやるべき日常のもろもろに今の私はたやすく流され、感じたことをあっという間に忘れてしまう。だからそれを少しの間だけでも忘れないように、記録しておきます。